有機生活を考える

有機生活庵「あいむほーむ」は、ニュージーランドから有機生活を提言しています。その理由を書いて見ます。

私たち夫婦(久保星児、一代)は、日本という国にとって、とても大事な時期を生き抜けてきたように思います。戦後の立ち上がりの時期に生まれ、昭和のよき時代を子供として体験しました。高度成長時代に突入する昭和30年代、経済的な成長は、とても魅力に溢れ、活気に満ちていました。昭和30年代は、国全体が貧しいけれど、みんなが幸せ感を持っていた、そんな時代であった記憶があります。日本の歴史の中で、江戸時代と並び、最もサステイナブルな時代と呼ばれています。その後、洗濯機、冷蔵庫、テレビ、電気掃除機、・・・。それまで見たこともないようなモノが、次から次へと現れ、私たちは、それらを得るために、一生懸命働きました。学生は、政府や国家の保守的な体制に反抗し、「学生運動」という大きなエネルギーになって、国に物申す存在でありました。

昭和50年(1975年)以降は、高度成長の絶頂期、「バブルの時代」を迎えます。人々は、飽食と贅沢の金満生活を満喫し、天井知らずの成長を続けました。経済成長が、私たちの幸せの全てであるというような、奢った「ジャパン・アズ・ナンバーワン」であったと思います。ちょうど、私たちが、海外への移住を考え、オーストラリアに滞在していたとき、フセインのクェート侵攻が始まり、湾岸戦争となり、それが引き金で、日本のバブル経済は、一気に弾け、株価の暴落を機に、バブルの崩壊が始まりました。

1991年、私たちは、家族4人で日本を離れ、ニュージーランドに住み着きました。その頃から、私たち夫婦は、「精神世界」と呼ばれていた、新しい世界の知識を身につけ始めていました。「精神世界」というと、何か宗教じみた響きがありますが、それは、現代科学では理解できない、広い価値観の世界であったのです。プライベートでも、いろいろな紆余曲折、波乱万丈、大きな波に揉まれ、日本にいた頃には、経験できなかった、広く、大きく、変化にとんだ体験をして来ました。そして、その後、今の地(ネルソンの郊外)に居を構え、私たちの人生を振り返っています。

この60年は、日本にとっても、最も重要で、得るものが大きかった時代ではないかと思います。国というものが、どのように発展し、滅びていくか。国民は、どういう幸せを感じ、どうして息苦しさを感じていくのか。何が、私たちにとって大切で、私たちにとって、国家とはどういう存在であるのか。そういういろんなことを学ばせてくれた時代でした。そこにいきて来た私たち「昭和人」にとって、私たちが学んだことを後世に伝えることは、大きな義務であるように思っています。

それが、私たちが提唱する「有機生活」の意義です。

有機生活を考える(2)に続く。