みんなが教祖を求めている

今の世の中を見ていると、誰もがこぞって、教祖を求めているような気がします。医療なら、ウツミンとか小林健さんとか。自然農法なら、岡本よりたかさんとか、福岡正信さんとか。食なら、マクロビとか不食とか。人であれ、宗派・流儀であれ、何かにすがるような感じで、「教祖」を探し続けている。きっと、ビジネスの世界でも同じような感じではないかと思います。それだけ、自分というものに、不安定な何かを感じているのかな。いろいろなものを知ること、研究することは大事です。でも、それにすがってはいけない。誰もかれもが、教祖を求めて、右に左に走り回る様は、ちょっと恐ろしい気もします。どうしてみんな、自分を教祖にできないのだろう。

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