言葉の美

言葉の使い方が綺麗じゃない人の投稿やコメントや会話は心地よくない。
原発反対、戦争反対、自民党反対、中味は同調できても、その使われている言葉のアグレッシブさや、汚さの為に、すっとっばしたくなる時がある。

立派な部屋も散らかっていたり、不潔だったりすると波動が変わり、人に伝わる。
言葉も同じで、自分から出た言葉が汚いと、他人にはもちろんだが、自分へ返ってくる波動を受けるわけだ。

話し下手であっても、綺麗な言葉使いや相手を思う気持ちのある人の言葉には耳を傾け、心に入ってくる。
いくら饒舌であろうが、言葉が美しくないと、耳障りなだけ。
政治家でそういう人は全くいない。そうであってはいけない稼業なのかもしれないが、誰がなっても同じ。国民の方に期待するしかない。

今のお笑いも、言葉が汚すぎる。昔の漫才とは違う。相方を、キミと呼んでいたのが、オマエとなるだけで、イヤになる。落語も同じく古典がいい。
故田辺聖子さんの小説の大阪弁は、船場言葉で、可愛らしかった。

ウチは人間の声より、小鳥や蝉の声の方が多いので、人の言葉を、音として捉えてしまう。耳触りな音は、ガソリンを使うマシンや、バイクのよう。

ミニマリストではないけれど、モノだけではなく、自分から出している言葉や音も不必要なほどはいらない。少し減らし気味の日も必要かと。

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