温暖化か非温暖化か

昨年の国連総会グレタ演説やオーストラリアの山火事問題で、今また、温暖化問題が浮上しているので、寒い夏を迎えているニュージーランドから一言。温暖化については、「温暖化は間違いない」という説と「温暖化の事実はない」という説があり、また、仮に温暖化しているとして、その原因を二酸化炭素に置くものと、そうではないという説など、世界は混乱状態にあります。「温暖化はない」などと言うと、世間から白い目で見られるような風潮もまた問題です。このように、温暖化は、環境問題を通り越して、人間のありようそのものを浮き彫りにしていると言う皮肉でもあります。温暖化で一儲けしようなどは、もっての外です。

データで明らかになりそうなものですが、温暖化派は、過去100年くらいのスパンでモノを言い、非温暖化派は、過去20年気温は上昇していないと言う。事実もまた、捉え方で変わってくるということになります。

私はどういう意見かと聞かれると、こう答えると思います。今、温暖化が提示している環境問題は、もし、温暖化が起こっていなければ見過ごしていいのか、ということです。石油資源の無駄遣い、エネルギーの限りない浪費と増加。エネルギーを貪欲に消費した経済発展やテクノロジーの飽食、利便性の追求。温暖化があってもなくても、これらのことは、慎み、考え直す時にきているのは、確かなのです。温暖化か非温暖化かの議論に埋もれて、本当に考えなければいけないことが、置き去りにされている。議論は、温暖化か非温暖化か、ではなく、エネルギーの浪費問題なのです。飛行機に乗らないなどというのは、現実無視の極論です。問題の焦点を間違えなければ、エキセントリックな議論は、納まるのではないかと思うのです。

関連記事

  1. 幸せの波動

  2. GDPのこと

  3. <民主主義>

  4. ギブ・アンド・テイク

  5. ギブ・アンド・テイク

  6. オオカミは来る